COBRAを継続しても帰国後の日本の病院では使えない
結論から先に: COBRAは米国内の医療ネットワークを使い続ける権利にすぎない。帰国後に日本の病院にかかっても、緊急時以外は原則1円もカバーされない。それでも継続すると保険料は在職中の約6.6倍、18ヶ月で最大約214万円を「日本では使えない保険」に払い続けることになる。帰国後の正しいルートは、住民票を入れてから14日以内に国民健康保険へ加入すること。COBRAは日本での医療費対策にはならない。
「アメリカを離れる前にCOBRAで保険を維持しておけば、帰国後もしばらく安心」——これ、駐在員のあいだで地味に信じられている通説だと思う。会社から届くCOBRAの通知書には「あなたは継続できます」と大きく書いてある。でも、「日本では使えません」とはどこにも書いていない。ここが落とし穴です。
僕自身、渡米中は会社の米国保険にずっと守られてきた。通院すればコーペイ$25、それでも「日本の方が医療費は全然安い」と感じるくらいアメリカの医療費は高い(救急車で$3,000請求された話は別記事に書いた)。だからこそ帰国前に「あの保険、続けられるのかな」と一度は考える。制度の事実と自分の実態を合わせて書きます。
そもそもCOBRAとは何か(60日以内・18ヶ月の継続権)
まず定義から。COBRA(Consolidated Omnibus Budget Reconciliation Act)は1985年の米連邦法で、退職・労働時間削減などの「資格喪失事由(qualifying event)」が起きた後も、それまで入っていた雇用主のグループ健康保険を一定期間そのまま継続できる権利のこと。
制度の骨格だけ先にまとめておく。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 従業員20人以上の雇用主の健康保険プラン |
| 継続できる期間 | 標準18ヶ月(障害認定など特定事由で最大36ヶ月) |
| 選択の期限 | 資格喪失または通知受領から60日以内に申請 |
| 初回保険料の支払い | 選択後45日以内 |
| 保険料の負担 | 全額(雇用主負担分+従業員負担分)+管理手数料2% =102%を自己負担 |
COBRAは「新しい保険に入る」制度ではなく、今の会社の保険をそのまま延長するだけ。元のプランが持っている地理的な制限——米国内ネットワーク前提——も、そっくりそのまま引き継がれる。出典:U.S. Department of Labor|COBRA Continuation Coverage。
なぜCOBRAは日本の病院で使えないのか
理由はシンプルで、米国の健康保険がネットワーク型で設計されているからです。
保険会社は、あらかじめ契約した医療機関(In-Network)を持っている。その契約病院で受診するからこそ、割引料金が効き、病院と保険会社のあいだで直接請求が回る。ところが日本の病院は、どの米国保険ネットワークにも参加していない。米国の規制の管轄外にあるので、そもそも参加できない仕組みなんです。
COBRAは元のプランの延長でしかないから、この構造は変わらない。帰国後の日本の病院は原則「Out-of-Network(ネットワーク外)」扱いで、そもそも国際請求に対応しない保険会社も多い。仮にカバーが認められても、「真の緊急事態(true emergency)」に限定されるのが一般的です(参考:expatinsurance.com)。
しかもその緊急時ですら、流れはこうなる。
- 日本の病院でいったん全額を自己負担で支払う
- 英語の書類を揃えて保険会社に請求を提出する
- 数週間〜数ヶ月後に一部だけ払い戻される
キャッシュレスは期待できない。内科・歯科・健康診断・慢性疾患の管理といった日常の通院はすべて対象外。帰国後の生活で実際にかかる医療は、ほぼカバーされないと考えていい。
ちなみに、これは「制度は国境で切れる」という駐在特有の落とし穴の一種です。帰国して非居住者でなくなるタイミングで日本のNISAや投資信託が強制的に使えなくなるのと、根っこは同じ。その話は駐在でNISAの投資信託を売らされた話に書いたので、あわせて読むと「国境で切れる制度」の感覚がつかめると思う。
COBRAを継続するといくら損するか(在職中の約6.6倍)
ここが一番効く数字の話。COBRAは保険料の102%を自己負担するので、在職中に会社が大半を負担してくれていた感覚のまま考えると、金額のギャップに驚きます。
以下は全米平均の数字です(KFF 2025 Employer Health Benefits Survey、1ドル150円換算)。あなたの会社のプランの実額とは異なるので、必ず後述の通知書で確認してください。
| 在職中の自己負担(平均) | COBRA継続(102%・平均) | 差 | |
|---|---|---|---|
| 個人 | 月$120(≒1.8万円) | 月約$793(≒約11.9万円) | 約6.6倍 |
| 家族 | 月$571(≒8.6万円) | 月約$2,295(≒約34.4万円) | 約4倍 |
これを「日本では使えない保険」に払い続けたときの金額。
| 継続した期間 | 個人プランの支払い総額(平均) |
|---|---|
| 6ヶ月だけ継続 | 約$4,758(≒約71万円) |
| 18ヶ月フル継続 | 約$14,274(≒約214万円) |
在職中の「月$120くらいだったし、続けても大した額じゃないでしょ」という感覚のまま判断すると、ここで大きくつまずく。COBRAは約6.6倍——帰国後の日本の医療費には基本的に使えない保険に、月11万円前後を払い続ける。それが「継続しておけば安心」の正体です。
⚠ 上の金額はKFFによる全米平均値です。COBRAの保険料は会社のプランによって大きく違うので、実額は会社から届く SBC(Summary of Benefits and Coverage)やCOBRA通知書に書かれた金額を必ず確認してください。僕自身の会社のプランの実額はここでは出しません(後述のとおり、僕は出向駐在で立場が少し異なるため)。
帰国後の正しいルートは国民健康保険(14日以内・3割負担)
じゃあ帰国後は何に入るのが正解か。答えは日本の国民健康保険(国保)です(会社員として日本の勤務先に戻る人は勤務先の健康保険=社会保険。自営・無職期間がある人が国保)。
- 帰国して転入届で住民票を登録したら、原則14日以内に市区町村の窓口で国保加入の手続きをする
- 国保なら日本の医療機関で窓口3割負担(7割給付)、しかもキャッシュレスで受診できる
保険料の目安(1人世帯・40歳未満・2026年度目安。自治体で数万円の差あり。参考:kurasim.com):
| 年収 | 国保の保険料(年) | 月額換算 |
|---|---|---|
| 400万円 | 約28万円 | 約2.3万円 |
| 500万円 | 約36万円 | 約3.0万円 |
| 700万円 | 約51万円 | 約4.3万円 |
COBRA(月約11.9万円・日本では使えない)vs 国保(月約2.3〜3万円・日本で使える)——並べれば選択肢は一つです。
判断の軸:あなたはどっち?
| あなたの状況 | 選ぶべきもの | 理由 |
|---|---|---|
| 帰国して日本で暮らす | 国保 or 勤務先の社会保険 | 日本の病院で3割負担・キャッシュレス。COBRAは不要 |
| 帰国後もしばらく米国に通院予定がある(残務・治療の継続など) | COBRAを短期だけ検討 | 米国内で受診する分だけは意味がある。ただし高額 |
| 帰国〜住民票登録〜国保加入までの空白が不安 | 短期の旅行医療保険/国際健康保険 | あくまで「過渡期の空白埋め」。COBRAの代わりではない |
COBRAが合理的なのは「帰国後もまだ米国内で医療を受ける予定がある」ケースだけ。日本での医療のために継続するのは、目的と手段がズレている。
僕の場合:出向駐在で、保険は会社任せだった
ここは正直に書きます。僕は出向ベースの駐在で、渡米中もずっと日本の会社の社会保険に入り続けている(厚生年金・健康保険を継続している形)。出国時の年金や保険の手続きも、基本は会社任せ。自分で国民年金の任意継続みたいなことをやった記憶はない。
だから僕は、いわゆる「米国のプランからCOBRAで継続するか?」という選択を、通知書を握って自分で悩む立場とは少し違う。この記事でCOBRAの保険料に全米平均(KFF)の数字を使い、自分の会社のプランの実額を出さなかったのは、そういう理由です。
ただ、渡米中に米国の会社保険にどっぷり守られてきた感覚はよく分かる。通院でコーペイ$25を払いつつ「それでも日本より高い」と感じてきたし、あの手厚い保険が帰国後もしばらく続けばいいのに、と思う気持ちも分かる。でも「その保険は日本の病院では働かない」——言いたいのはその一点です。
そして今、僕自身が帰国準備で本当に頭を悩ませているのは、保険よりむしろ米国の口座や証券をどう維持するかの方。401kも証券口座も「非居住者になった後、口座を維持できるか」が論点で、ここはまだ答えが出ていない。保険(COBRA)は「継続しない」で答えが出るぶん、むしろシンプルなテーマだと感じています。
帰国前にやることチェックリスト(保険の空白を作らない)
- 会社に米国の保険がいつ失効するか(帰国日・退職日基準)を確認する
- COBRA通知書/SBCで自社プランの実際の保険料を確認する(全米平均ではなく自分の額)
- 帰国後に米国内で受診予定があるか棚卸しする(無ければCOBRAは基本不要)
- 帰国〜住民票登録までの空白期間を短期の旅行医療保険等で埋めるか検討する
- 帰国して転入届を出したら、14日以内に国保(または勤務先の社会保険)へ加入する
- 娘の塗り薬のように日本で買い足すものは一時帰国のうちに仕込んでおく(帰国直後はバタつく)
米国の保険は帰国・退職と同時に自動失効し、COBRA通知はその後に届く。このタイムラグで「保険の空白期間」が生まれることがあるので、順番だけは先に押さえておくといい。
まとめ
COBRAの通知書は、丁寧に「継続できます」と教えてくれる。でも「日本では使えません」とは絶対に書いてくれない。親切な顔をした空白地帯です。
保険というのは、いざという時のために払うもの。その「いざ」が日本で起きるなら、日本で働く保険を持つしかない。当たり前のことなんだけど、駐在4年目で米国の医療に慣れた頭だと、この当たり前がスッと抜け落ちる。帰国は、生活の主戦場を日本に戻す作業でもある。保険も、ちゃんと日本に「帰国」させる。そういう話です。
よくある質問
Q. COBRAは帰国後、日本の病院で本当に一切使えないの?
原則として日常の通院・歯科・健診などは対象外です。日本の病院はどの米国保険ネットワークにも参加していないため、Out-of-Network扱いか、そもそも国際請求に対応しない保険会社も多い。カバーが認められても「真の緊急事態」に限定され、いったん全額自己負担→英語書類で請求→一部払い戻し、という流れになります。日本での医療費対策としては機能しないと考えておくほうが安全です。
Q. 帰国後の医療費は結局どうすればいい?
日本に帰国して転入届を出したら、原則14日以内に市区町村で国民健康保険に加入します(日本の勤務先に戻る会社員なら勤務先の社会保険)。国保なら窓口3割負担・キャッシュレスで受診でき、保険料も年収500万円で月3万円程度が目安。COBRAと並べれば、選択肢は自ずと定まります。
Q. COBRAを継続する意味がある人はいる?
「帰国後もしばらく米国内で医療を受ける予定がある人」だけです。たとえば米国で治療を継続中、残務で行き来がある、といったケース。この場合は米国内で受診する分だけCOBRAが働きます。ただし在職中の約6.6倍の保険料なので、通知書で実額を確認して期間を最小限に絞るのが現実的です。
この記事は一人の駐在員の実体験の記録であり、投資・税務・法律の助言ではありません。 投資は自己責任で、税務は必ず専門家にご相談ください。制度・手数料は執筆時点の情報です。 詳しくは免責事項へ。
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『駐在のお金、全部やってみた』
このブログの4年分の記録を、出国前→着任→駐在中→帰国の時間軸で1冊に再構成しました。 失敗の実額と実ポートフォリオまで、全部載せています。